作業報告書(遊びと嘘)

遊びの記録。

セブンスター

七夕の日だけは、セブンスターを吸うことにしています。



そして今日、「最近なんかえらい感傷にふけってまうねん」って女の子と話しました。「ああ、ここで元カレとこんな話したなぁ」とか「ああ、この道元カレとよく歩いてたなぁ」とか、思っちゃうねん、と。まあ、二十歳そこそこの女の子なのでそういう年頃なんじゃないのって話なんですけど、そういう感覚は自分からすると羨ましくもあるものなのです。だから、「いいやん、そういうの」と、肯定しておきました。今カレへの罪悪感的なのを抱いてそうな複雑そうな顔をしていたのもあるので。自分にしては珍しく、優しめの言葉をかけてあげました。

なんてことはないのです。そんなやりとりに。何もない、なんてことのない日常の一片なのですけれど、そういう、なんてことない、ということが、今までの自分には欠けていたことだったな、と自覚しました。相手の気持ちを察しようとすること。相手の気持ちに寄り添うこと。気持ちをトレースしようとすること。理解しようとすること。

すると、あれ?と思いました。そういえば、自分も最近、変に感傷的になったことがあったな、と思い出しましたが、その内容まではなかなか思い出せず、感傷的になったというインパクトだけが胸の中でモヤモヤして、結局思い出せませんでした。これは自分の記憶力の悪さのせいです。

七夕の日にセブンスターを吸うという自分ルールもそうです。毎年恒例のことなので続けてはいますが、今では何のために、何を想って始めたのかすらも覚えていませんし、今年に関しては、吸い慣れていないタバコを吸っているせいでイライラすらしました。

って、文字を書いていたら思い出しました。ああ、感傷的になったこと、これだったな、と。


この歌聴いて、ちょっと泣いたのです。うわー、めっちゃ思春期ーって。思春期の子供ってのはほんとに謎で、なんでそんなことすんのってことをします。行動マジ意味不。そんなんしてなんの意味があるのか。なんの得があるのか。実はそんなもん、本人すらわかってないし、意味とか得とかそんなんじゃないのです。そんなん考えてられる余裕なんてないのです。考えても考えても追いつかないほどの情報と感情に気が狂いそうになのを必死にもがき耐えているのです。

そんな子供にとって、ダメ、やら、いけません、と言われることは苦痛でしかなく、逃げ場だって必要なのです。

大人がちゃんと逃げ場を作ってあげなければ、子供は間違った場所に逃げてしまうのかもしれません。

この歌を聴いて泣けたから、自分は、感傷的になって罪悪感を抱いてそうな女の子に優しくできたのかもしんないな、と思うと、自分もちょっとは大人になれたのかな、と感じました。

底辺過ぎる、些細すぎる、なんてことないことですが。

もっと大人に、もっと優しくなりたいもんです。



「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか」を実写で観るか?アニメで観るか?

Amazonプライムビデオで「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」が配信されてたので観ました。

まあ、去年辺りあんだけCM打ってたし主題歌米津くん&DAOKOだし、原作岩井俊二だし、製作シャフトだし。
全方向から攻めてみました、って感じ。
まあ無敵なんですけど。

個人的には実写版の打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?は大好きなので、観ようとは思ってました。映画館は行きませんでしたけど。なぜなら相手がいないからです。別に悲しくなんかないですけど。
そしてシャフトも大好き。米津くんも大好き。広瀬すずの声も大好きだし、菅田将暉のラジオも毎週聴いてます。大好きで埋め尽くされたこのアニメ版打ち上げ花火、絶対観るぞ!と思ってました。映画館は行きませんでしたけど。案の定相手がいねえからです。ほっとけ。

てなわけで感想、ネタバレします。たぶん。気にしてないので。

最初の半分くらいはヨダレ垂らしながら観てました。面白くなさすぎて。全然気持ち入らなくて。なんなんこれ、あれ?この登場人物たちの年齢設定って中学生なの?高校生?でも話的に高校生は無理あるから中学生でしょ。でもヒロイン紺ソックス穿いてるってことは高校生?え?わかんない。まあいいけど。ダメだけど。えー。もう奥菜恵見たい。あの実写版の超絶かわいい奥菜恵見たい。
って思いながら話の中盤くらいまで来て、駆け落ちしようとするヒロインのなずながお母さんに捕まって叱られて「やーめーてー!やーめーてーよー!はーなーしーてーよー!」とか急にガキっぽくなってもう聞いてらんない見てらんない!って思ってたらキラキラした玉投げてタイムリープ!ゲロ吐きそうになりました。時をかける少女かよ。そんなわかりやすくタイムリープしちゃったら何の情緒も美しさもねーよ。ダメだこれ全然集中できない。
って半ゲロでまた同じようなシーンに突入。でも今度はさっきの過ちを犯しません。でも結局またなずなはお母さんに捕まって叱られて「やーめーてー!やーめーてーよー!はーなーしーてーよー!たーすーけーてーよー!のりみちくーん!」ってこれ怖いんだよ。この言い方。広瀬すずヒス上手!って震えるんですが、このあと結局横から花火を観るのです。だけどその花火がなんと、へらべったい花火だったのです。そしてそんとき主人公ののりみちが言います。

「こんな世界あるわけない」

自分はこのとき、「お?」と思いました。

花火がへらべったいわけがない。そんなこと、いくらなんでも、主人公たちの年齢になれば、わかっていることです。主人公ののりみちだって、花火が丸いかへらべったいか論争のとき、ピンと来ていないような曖昧な素振りをしていましたが、花火が丸いことぐらいわかっているのです。わかっていたのです。横から観た花火がへらべったい世界なんかあるわけがない。大好きななずなが「やーめーてー!やーめーてーよー!はーなーしーてーよー!たーすーけーてーよー!のりみちくーん!」とかヒスを起こす世界なんかあるわけがない。あってはならない。そんな世界、やり直すしかない。

てなわけでまたキラキラボールの登場です。

お母さんに捕まらない世界へ。

またやり直しです。今度はお母さんに捕まりませんでしたが、見つかりはします。友達にも見つかります。そんでなずなとのりみちは逃げて逃げて、逃げた先で花火を観ます。変な花火です。よくわかんないです。変な花火とかしかいいようがない、変な花火です。なずなはそれを綺麗と言います。のりみちは変だと言います。こんな世界おかしいと言います。しかしなずなは言います。

「どっちでもいいよ」

「丸くてもひらべったくてもこんな変な形でも、のりみちくんと2人でいられるなら、そんなのどっちでもいいよ」

なるほど。と自分は思いました。だけどその直後、2人を追いかけてきた友達やお母さんが追いつきます。2人でいられなくなりました。そしたらのりみちはまたキラキラボールです。2人きりになれる世界へ。なんだそれ。

そして2人はさらに変な世界へ行きます。あらゆるものに模様のフィルタがかけられてるような、明らかにおかしい世界です。そしてなずなは言います。

「世の中、私の知らないことが、まだまだあるのーう」

この言い方ちょーかわいいんですけど!すずちゃん!この言い方、ちょーかわいいんですけど、それ以上に、今までのキャラと違い過ぎててビックリなんですけど!え?今までそんなキャラちゃうかったやん!?世界だけじゃなくて頭までおかしくなっちゃたん!?

そしてラストシーン、夏休みが終わって新学期に入って、のりみちがいなくなって、なずな(花)のアップでジ・エンド。

って話です。

え?のりみちいなくなっちゃったの?

世の中、私の知らないことが、まだまだあるのーう。

で、実はこの映画、1回観終わって、次の日、もう1回観直したのです。前半死にながら観てたので、ちゃんと観よう、と思って。もしかしたらとても面白いかもしれないと思って。でももう1回観て、そんなに面白くはない、という結論に至りました。

まあ、個人的な趣向の問題です。

好きな子が「やーめーてー!やーめーてーよー!はーなーしーてーよー!たーすーけーてーよー!のりみちくーん!」とかいう世界なんかあるわけがない→好きな子を泣かせたくない→自分が選択さえ間違えなければ好きな子を泣かせることはない。ということは、ふたりきりの世界を創ることでも、今夜だけでもふたりきりでいれたらそれでいいということでもありません。まったく違うし、別物です。最後のシーンもおかしい。もし、なずなが転校してしまったエンディングなのだとしたら、のりみちは学校に来ていなければおかしいし(なずなロスで学校休むとかいうメンヘラ的なのはもっとおかしい。今夜だけでもふたりきりで過ごしたいと願い、それは叶ったはずだから)、のりみちもなずなもふたりきりの世界へ飛んじゃいました!はもっとおかしいし。

でも世の中、私の知らないことことなんて、まだまだあるからのーう。

このアニメ版を観た人はぜひ実写版も観て欲しいです。小学六年生の男の子と女の子のアンバランスさがとてもむず痒く、美しい心地で観れます。

そして奥菜恵すげーえろい。

いやこれ小六ちゃうやろ、ってなります。

最後に言い訳ってゆーか保身なんですけど、
このブログ記事のタイトル、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか」を実写で観るか?アニメで観るか?にしちゃったんですけど、まず誰かどっかで言ってるだろうし何番煎じになるんだろって冷静に考えたら結構恥ずかしいです。



20190523

令和!

ってとりあえず言っておきます。言っておいたほうがいいんでしょ。明けまして令和ビバ令和メリー令和。

さて、令和になってまず起きた事件といえばこれですね。

令和ラブレボリューション

2019年5月1日0時。日本の元号が平成から令和に変わったその直後。ある一人の革命家が動いたことを皆はご存知でしょうか。彼は平成の終わりに、「俺は革命を起こしてやる。全てを破壊してやる」そう叫んだ彼はその主張通り、たしかに革命を起こし、確実に、歴史的改元の瞬間に伝説を刻んだのでした。

その男の名は金子学

お笑いコンビ、うしろシティサイゲン大介じゃないほう、テレビで全く見ることがないほうである。

そんな、芸人なのにメディア露出のない彼が令和の最初にどんな革命を起こしたのか、どんな伝説を刻んだのか。ここでその歴史的記録を綴ろうと思いましたが、この事件の全貌を語ろうと思うと、うしろシティの星のギガボディだけでなく、アルコ&ピースのDCgarage、ハライチのターンの数週間分の話だけでなく、ゴールデンウィークの終わりにNHKのラジオ特番このラジオがヤバい!や、ゴッドタンのラジオサミットまで間接的に説明しなければ伝わらないので、正直めんどい。

だけどたしかにおもしろい。

気付かぬ間に張られていた伏線、生放送と収録のタイムラグを利用した時間差トリック、それぞれのパーソナリティの気概と、それらを全て掌握し操ったフィクサー、ハライチ岩井。

本当に恐ろしい男です。

来年、2020年のお笑いクーデター、本当に実現しかねません、このままでは。

ぜひ、聴いていない方はなんかしらの方法でこのラブレボリューションの全貌を知っていただきたいです。

そしてラブレボリューションの裏側でモブ的に自爆したはんにゃ金田のことを忘れないでいただきたい。ずぶだんずんぐん!の人のことを。

と、ラブレボリューションで深夜ラジオ界に大きな激震が走ったかと思いきや、まだまだ事件は起き続けます。

火曜オールナイトニッポン0パーソナリティCreepy NutsのR‐指定、フリースタイルダンジョンのラスボスに!
水曜テレ東佐久間のオールナイトニッポン0にテレ朝加地プロデューサーゲスト出演!←マジいみふ。
ラジオの帝王(ディスってないよ)伊集院光、テレ東佐久間のオールナイトニッポン0にゲスト出演!?王の帰還!?
月曜菅田将暉オールナイトニッポンにて菅田将暉、シコりながら生放送に挑み2時間すべり倒し!?

あー、ラジオおもしろい。




バイオーグトリニティ

大暮維人舞城王太郎

このタッグで漫画が描かれると初めて知ったときの衝撃はとても複雑なものでした。なぜなら、舞城王太郎は大好きだけど、大暮維人はふつうに嫌いだからです。天上天下エア・ギア。どちらも読んだことはありますが、読んだ結果、作品自体の評価そっちのけで、作者を嫌いになりました。ストーリー自体はきっと、問題なかったんだろうと思います。よく悪く言われているエログロに関しても、そういうストーリーなのでいいとしても、ストーリーから外れたところでもエロをふつうに出すしギャグパートでのギャグがあまりにガキっぽい。おもしろくない。センスがない。でもそれは本筋を台無しにする程度のものではないのでいいのです。作者はそういうノリが好きなんだろうな、と思うだけです。だからこそ天上天下エア・ギアで作品よりも作者を嫌いになったんですね。

まあ、自分が大暮維人を嫌いなことはこの際どうでもよくて、舞城王太郎とタッグを組むことに関して言えば自分はもちろん素晴らしいと思いました。舞城王太郎と比べれば当然大暮維人という名前は世間に知れ渡っていますし、画力は文句無しに最高級。文句があるはずがありません。しかも舞城王太郎の作風的にエログロももってこいの大暮維人は相性も抜群、舞城王太郎の分圧も画の構図、繊細さ、表現力でより良く表現してくれるはずだろう、と思いながら、連載が始まっても読むことはなく、気付けば連載が終了したようですがそれでも読むことはなく、こないだコストコに買い物に行ったとき予想外に予定に空きが生まれたので近くの古本市場に立ち寄ったとき、バイオーグトリニティが1巻から10巻まで80円であったので、思わず買っちゃいました。しかもレジに持っていくとそっからさらに30%引きされて、いや、安すぎやしないか?ここまで安くされるとなんか作者に悪い気がするよ。まあネットのフリマアプリとかあるから古本市場も大変なんだろうけど、ここまで安くしなくても。そう思いつつもラッキーって気持ちでその日の寝る前に読み始めて、一気に8巻ぐらいまで読みました。このままだと止まる気がしないし寝なきゃいけないしで眠りましたが、次の日、わざわざ早起きして大きめの書店まで行って11巻から最終巻の14巻までは新品で買いました。10巻までは激安で手に入れちゃってごめんなさいという気持ちを込めて。

で、読み終えました。

舞城王太郎マジですごい。

無敵。

マジで、こんなに具体的に「愛」を物語にできる人って他にいるのかな、と思います。自分は本を多く読む人間ではないのでそんなに広く知ってはないのですが、自分が知る中でも群を抜いて、ずば抜けて、ぶっちぎりで高みにいる、それが舞城王太郎であり、舞城王太郎の綴る愛なのです。

「愛ってなんなん」そう悩んだ人達って、きっと、愛を語った物語や、愛を歌ったラブソングとか、そういうのを読んだり観たり聴いたりするんでしょうけれど、結局それは人の恋愛をなぞることで、共感することで、納得するんでしょうけど、でも愛ってのは人それぞれの形や考えかたがあって、それぞれに違うからこそ「愛ってなんなん」って思いながらも自分の愛を信じるしかないのです。でも混じりっけなしに、純度100で、完璧に信じきるってことなんてなかなかできないから、自分の信じる愛に不安を抱いたり疑念を持ったりもします。

あー、てゆーか自分がどうこう言うよりも、この「バイオーグトリニティ」を読めば、愛がわかります。

恋愛漫画、ラブストーリー、そんな次元の物語じゃありません。

恋愛そのものを、漫画そのものに具現化したもの、なのです。

まずこの漫画の世界観から。

この世界ではバイオバグという病気があって、その病気にかかると両の手から自分が欲しいものを取り込んで自分と融合させることができるのです。すごいです。右手で取り込んだものと左手で取り込んだもののバランスが悪ければ自分のバランスが崩れて大変なことになる、という説明もあります。

そしてこれは愛の物語。

愛ってなんなん。こうなん。

この世界では恋愛という病気があって、その病気にかかると恋する相手を欲しいという欲求に駆られてしまって、その相手のことばっか考えちゃうようになって、まともな思考すら難しくなってしまいます。そして人を愛しちゃうとそれこそが全てで、愛する人が世界で世界そのものでダークマターで宇宙を支配するのです。

そうなん。

愛、すげえな。

って、途中までは舞城王太郎の愛に打ちのめされるがごとく感動しっぱなしで読み進めていったんですけれど、後半辺りから舞城王太郎お得意の時空飛び越えが起こります。あ、やっべ。と思ったときにはもう遅くて、そこからあっという間に置いていかれます。理解しきれない。舞城王太郎はいつもそう。すぐ時空飛び越えちゃうから。今回はもしかしたら飛び越えないかも、このまま着いていけるかも、とか淡い期待を抱いていた自分を恥じます。舞城王太郎はやっぱり飛び越えます。平気で読者を置いてけぼりにします。ジョジョのときもディスコのときもびゅんびゅん時空飛び越えて置いていかれました。ディスコなんかマジでひどい。あれ、完全に理解できる人とかいんの?って思うぐらい。でも読みます。囲碁のルールがわからなくてもヒカルの碁が面白いのと同じです。バイオーグトリニティは漫画で描写が親切だったのでまだ必死でしがみつきましたけど、やっぱダメでした。途中で振りほどかれてぶいーん!って飛んでかれちゃいました。

そして細かい部分の理解は諦めて話を読み進めて最終的に纏まって終わります。

最後に残るのは愛です。

舞城王太郎が謳う愛は、「愛は祈り」です。自分もそう思います。そうでなければ、やってらんないからです、愛することなんて。

だけど自分はまだまだなので、ほっとけばいいのに、身近な人、親しい人に愛のない人がいると「愛がない」と叱ります。大切な人には愛を持って生きていってほしいからです。伝わらなくてもいいから愛を謳います。その届かないかもしれない愛は「愛されなかったということは、生きなかったことと同義である」の名言を軽々と否定するかもしれませんが、自分は「愛は誇り」だと感じます。自分の愛する人が誇れない生き方、美しくない考え方をしていたら、そんなに悲しいことはないからです。



阿婆擦れ

今日は久しぶりに仕事が早く終わってだらだらYouTube観とこかな思ってたらYouTubeのあなたにおすすめ!にこのPVがきてました。迷わず観てみたらかっこよ過ぎて。正直、感動しました。

まあ、自分事なんですが、ここ一週間ほど深く悩んでまして。仕事や人間関係や将来や自分自身の人間性や、とにかくまあ、大雑把にいえば人生に悩んでて。でも、悩んだところでワガママで自己中な性格な自分には無理できるはずもなく、結局自分を貫くしかできないんですよね。やりたいようにするしかないし、やりたくないことはやりたくない。やりたくないことをやらないためなら、ある程度のことは耐えられる覚悟はあるので。今だって、完全なオフはもう半年とってませんし、仕事から帰ってきても寝るだけですし、昨日は家にも帰ってこれませんでした。それでも、やりたくないことをやらないためなら苦ではないのです。

それでも悩んだりするのです。なぜなら間違っているからです。働き方改革とか騒がれてる昨今に自ら働き詰めることは、反社会的な行為で、間違っているから。そんな間違った状態で来週は婚活ですよ。なんか、けっこう真面目に、けっこう真面目な女の子紹介してもらいます。わーい。でもご飯だけなので。とりあえずお友達になりましょうということらしいので。そういう前提でも出会い方は初めてなので、いまいち調子が掴めませんが、とりあえず西野カナの「運命の人がいるのなら」でも聴いておこうかなと思います。

閑話休題で阿婆擦れの話。Creepy Nutsマジすげえって思うのが、まず曲のバリエーション。これはトラックメーカーのDJ松永の超絶テクエグ極センスの賜物でしょう。どのベクトルへ行ってもかっこいい。ほんとかっこいいマジ尊敬マジリスペクト。作曲センス神レベルでDJテクも加藤鷹並でその上焼き鳥焼くのも上手って、もう人間業じゃないですよ、ほんと。

そしてR-指定の歌の上手さ。そしてリリックの素晴らしさ。この人ほんとHIPHOP好きなんだなって、この曲聴いてほんと感動しました。阿婆擦れ、って叫んでますけど、そんな呼び方しちゃってますけど、この歌詞、超ラブソングですし。それも超イケメンのラブソング。R-指定のHIPHOPへの情熱と懐の深さが詰まった素敵ソングだと感じました。そんでスーツ姿似合い過ぎでずるいですし。

ラストはレジェンドのレジェンドパンチラインで締めるという。そこでも自虐的ってゆーかドMってゆーかのR-指定らしさが出てて。

なので自分もレジェンドのレジェンドパンチラインで締めてみようと思います。

あなたが急いでも、あなたの人生は短くならない。




20190315

もきゅきゅ。もきゅもきゅ。最近ブログ書いてません。なぜなら「文章を書くのめんどくさい期」に突入しているからです。今日は暇過ぎるので書きました。仕事は今年まだ一度しか休み取れてませんが。

今年から婚活する!と豪語していましたが、まだしてません。だって休みないもん。でも完全にモテ期に入っています。モテ期ってすごい。仕事も休まず遊びにも行かずとも勝手に女の子との繋がりがバンバン生じてゆきます。寄ってきます。誘われまくります。いやいや、自分休みないんですけど、って感じでがっつかないのが逆に良いのでしょうか。まあ結果、おいしい思いは一切してないのですが。自分はそういうのが欲しいんじゃないから!婚活したいんだから!ってね。早いこと婚活しないとモテ期終わっちゃいそうでまずいですね。

せっかくのブログですし、読んでくれた稀有な人のために、自分なりに分析した自分が「モテ期に入った秘訣」をここに書くことにします。この秘訣を用いればあなたもモテ期に突入するかも!という話です。

まず、今年に入って自分の誕生日があったのです。そんとき、小学一年生の男の子に「そういや明日誕生日やろ?」と聞かれて、冗談まじりに「そうやで。よぉ覚えてたなー。誕生日プレゼントちょーだいや」って言ったら「何が欲しいん?」って聞かれて自分は動揺。「え?えっと、靴下欲しい」「靴下って?ナイキとか?」「え?えっと、ユニクロとかのん。黒のん」って流れになっちゃって、あれ?こいつマジなん?ちょっと冗談で言っただけやん。どこの大人が小学一年生の男の子に誕生日プレゼントガチでねだるねん。わかるやろ。って思ったけど、その男の子の平然とした態度に、え?え?って動揺してイニシアチブ取られて気付けば会話終わってて、およよ?もしかしてあいつ、マジで買ってくんじゃね?と思って焦る自分。あかんあかんそれはさすがにあかん。小学一年生の男の子に誕生日プレゼントねだって買わすのは大人としてマジであかん。と思ってたら次の日マジで買ってきたのでもう胸キュンで女の子だったら抱かれてるよって思いました。

そんで「自分はマジであかん。ノリと冗談だけで生きる人生をやめよう」と誓い、その一週間後に知り合いの誕生日があったので、ちゃんと誕生日プレゼントを買ってあげようと決意しました。いままでそんなことすらまともに出来なかった自分だけど、そういう、当たり前のことを当たり前にできるようになろうと、ドンキに誕生日プレゼントを買いに行き、癒しグッズをプレゼントしてあげることにして、めぐりズムホットアイマスクを買いました。アロマキャンドルを探したけどなかったので通販で低温ロウソクを買い、ドンキの人気商品、電マを買いました。そんでワクワクしながら誕生日の日にプレゼントしたんですけど、いやいや、違うやん、とそのときに気付きました。ノリと冗談をやめるんちゃうんかったんかい、と。なんでふつうに相手が喜びそうなプレゼントが選ばれへんねんと。ホットアイマスクで目隠しして低温ロウソク垂らしながら電マ責めするって、自分が悦びそうなプレゼントしてどうすんねんと。

もう病気なんでしょう。そういう病気。真面目にできない。ふざけずにいられない。しかも自分しかよろこんでいない。誕生日プレゼントでそれもらってどうしたらええねんってゆう相手の気持ち無視。ダメ大人。ダメ人間。

あかんなー自分。と思いながら、誕生日プレゼントを買いに行ったとき、自分用に買ったハンズフリーのイヤホン。2000円ぐらいの片耳用の安物を買ったのですが、それがすごくいい。それを使うようになってからまさに人生が変わりました。それまでは仕事中、一人のときは音楽を爆音にしていたのですが、本当はラジオを聴いていたかったのです。だけどバタバタ移動とかしてたらラジオは話がわからなくなるので、音楽を聴いていたのです。それが、どれだけ移動しても耳元からラジオが流れてくるのです。これのおかげで仕事が楽しい仕事が捗るラジオ視聴が進むラジオがたくさん聴ける。

ということで今まで毎週聴いていたアルピー、ハライチ、クリーピーナッツの他にも何か聴き始めようと思い、菅田将暉オールナイトニッポンを聴き始めました。




菅田将暉やべえ。

月曜の25時からという伊集院くんの真裏、つまり深夜ラジオの捨て枠。ところがどっこい菅田将暉なのです。リスナーに女の子が多い。さすが菅田将暉。国宝級イケメン俳優。しかも有名なリスナーさんたちも菅田将暉オールナイトニッポンに流れてきている模様。

と、菅田将暉オールナイトニッポンに激ハマりした自分はようつべで菅田将暉オールナイトニッポンのバックナンバーを聴き漁り、今現在の自分の目標は「菅田将暉になりたい」です。

男たるもの夢を追いかける姿がかっこいいのです。国宝級イケメン俳優に憧れそれを目指している自分は、おそらく女の子の目から見るともうほぼほぼ菅田将暉なのでしょう。

ことあるごとに「日本のかーぜに!」って言ってますし。

「あーいーが、僕に噛み付いてー!」バージョンもありますよ。

ということで、モテ期に入る秘訣は、「ラジオを聴くこと」ですね。

四月からテレ東の佐久間さんがオールナイトニッポン0に参戦するようですね。

こいつは楽しみですね。




蟻田さんのこと。

蟻田さんは世捨て人だ。そう表現すると多少は聞こえがよくなるかもだけど、実際ほんとこところは引きこもりで、それも引きこもりのプロでもう十数年引きこもり続けている。僕は度々蟻田さんの様子を見に行くのだけれど、蟻田さんはいつも気だるげに僕を見ては僕を嘲けるように軽い笑みを浮かべながら僕を罵ってくる。

「まくらのさんはほんとに凄いよねえ。美しいよ。自分を隠して自分を殺して、世間に紛れ込んで生活出来てるんだから。あたしとは違う。明らかに違うよ。本当に凄いと、心から思うんだよ?」「世間に溶け込まないっていうところがまくらのさんの美しいとこなんだよ。その強固たる意志がね。世間に属していながら、世間と自分をしっかり線引きしてる。世間の中にいながら、世間から自分を隔離させてる。世間から自分を乖離させてる。その姿は孤独なんかじゃなくてまさに孤高だよ。一匹狼なんてダサい表現じゃものたりない。醜いアヒルの子って感じだよ」「そして何より、まくらのさんの美しさの最たる所以はその優しさにあるとあたしは心から思っているよ。あたしは身に染みてそれを体感している。だって、社会の底辺どころか社会に迫害も除外も疎外もされることもなく、ただただ外れ、落ちて、転がって、世間にそれすら気付かれずに社会に何の影響も与えることもなく世界からいなくなったあたしの元へこうやって来てくれるんだから。外の世界のことなんか知りたくもないあたしに、外の世界からわざわざ無神経にもやってきて、外の世界があるという残酷な事実をあたしに知らしめてくるんだから。ほんとに優しいよまくらのさんは。こんな俺にでも外の世界でちゃんと生きてんだぜ、って風に颯爽と現れちゃってさ。馴染めてないくせに。溶け込めてないくせに。紛れ込んでるだけのくせに。それでも抗いながらも生きてるんだぜ、って。かっこいいよまくらのさんはほんと」「でもいい加減わかってよまくらのさん。昔はたしかにあたしとまくらのさんは似てたかもしんない。同調してたかもしんない。でも昔は昔なんだよ。今とは違うんだよ。まくらのさんはあれからずっと外の世界で生きてたんだよ。あたしはあれからずっとここにとどまっているんだよ。その違いが、その大き過ぎる違いは、まくらのさんが一番よくわかっているはずじゃん。あたしが今さら社会に復帰するなんて不可能なんだよ。世間に顔向けできないよ。まくらのさんが思っているよりずっと、あたしは卑屈なやつなんだよ」

それでも僕は蟻田さんに会いに行っていた。蟻田さんの顔を見て、蟻田さんに言いたいこと言わせて、嘲笑だろうが自嘲だろうが笑ってほしかった。蟻田さんには生きていてほしかった。生きて、僕がちゃんと生きていることを知っていてほしかった。僕も蟻田さんがちゃんと生きていることを知っていたかった。僕は蟻田さんが生きていることを見張るために生きている。蟻田さんも僕が生きていることを見張るためにギリギリながらも生きている。お互いに生きていることを確認し合わなきゃ、勝手に生きてなくなっちゃいそうだからだ。

そうやって僕は、蟻田さんが言うところの、「社会に紛れながら」も生きてきた。そこに異論はない。たしかにそうだと思うからだ。僕は世間に全く溶け込めていない。どう頑張っても隠しても、どう誤魔化しても騙しても、僕は人として、人間として、欠陥がある。それでも諦めなかった。騙し続けてやろうと思った。偽物のくせに本物っぽく演じてみせた。本物に憧れた。本物になりたかった。

そして蟻田さんが引きこもって十余年のある日、僕の誕生日の日に事件が起きた。

蟻田さんが僕の家にやってきた。

僕の誕生日だった一日が終わり、帰ってきて、家に一人でいた明け方だった。いままでずっと家からも出なかった蟻田さんが僕の家までやってきたのだ。

「どうしたの蟻田さん」

僕は精一杯声を絞り出しそう訊いた。僕は蟻田さんが家から出ているという嬉しさと感動と同時に恥ずかしさに襲われていた。だからうまく喜べなかった。そして蟻田さんはいつものようにまっすぐにそこを突いてくる。

「まくらのさんが泣いてると思ってさ」

僕はもう言葉が出せなくなってしまった。

「まくらのさんが泣いてるときに慰めるのは、あたしの役目だからね」

十年以上引きこもり続けてたくせに、そんなことで家から出てくるなんて。

反則だ。

「誕生日おめでとう、まくらのさん。日付は変わっちゃったけど、問題ないよね」

そう言って蟻田さんは僕の元へ来て、僕の頭をそっと抱いてくれた。そして優しく、僕の頭を撫でる。何度も撫でて、僕を慰めてくれる。

「ほんとにまくらのさんはかっこいいよ。大好きだよ、まくらのさん」

「蟻田さんはかっこよ過ぎるよ」僕はようやく言葉を返す。「ずるいよ。こんなときだけ優しくして」

「かっこいいなんて言われてもうれしくないよ。あたしは大好きだって言ったんだよ?」

「僕も蟻田さんのこと大好きだよ」

「ありがとう」

そして僕は蟻田さんの胸に顔を埋める。蟻田さんはさっきよりも強い力で僕の頭を抱いた。暖かい。こんなに人の温もりが暖かいと感じたのは初めてだった。

「おいおいまくらのさん。そろそろいいだろ?あたしもいい加減恥ずかしくなってくるよ。あたしの胸がもう少し豊満だったらまだわかるけど、こんな貧相な胸に顔を埋めさせるのって、けっこう気後れするんだよ?」

そう言って蟻田さんは僕の頭を抱く腕の力を緩めたので、僕も蟻田さんの胸から離れた。蟻田さんはいつもと違う優しい笑みを浮かべて、僕の頭を撫でてくれた。

「嬉しいときはさ、泣くんじゃなくて、笑うんだよ、まくらのさん」

本当にそうだ。

誕生日。僕は知人のみんなに祝ってもらった。それはきっとよくあることで、世間では頻繁に行われていることで、当たり前のことなのだろう。だけど、僕にとっては、そんなことは、他人事で、無関係なことで、僕の知らぬところだった。

実際に自分がされると、こんなに有難いことだなんて思いもしなかった。

嬉しさよりも強く、申し訳なさに襲われた。

辛かった。人の優しさが、棘のように僕の胸に刺さるようだった。

僕は祝われるような人間じゃないのだ。想われるような人間じゃないのだ。僕は本当に嘘つきで、非道くて、自分勝手な奴なのに。

「とてもできないよ。辛すぎて」

「まくらのさん。まくらのさんって、まくらのさんが思ってるより、もうけっこうちゃんと出来てるんだよ?だから、みんな、まくらのさんのこと好きなんでしょ?胸を張りなよまくらのさん。まくらのさんは愛されていい人間なんだから」

蟻田さんは僕の頭を両手で掴み、僕の額にキスをした。

「愛してんよ、まくらのさん」

僕はとても怖い。

愛されることは、とても、重い。

でも何故だろう、蟻田さんは違う。蟻田さんに言われると、なぜかとても落ち着く心地だった。

「それは光栄だね。でも、まくらのさん、まくらのさんはもっと愛されなくちゃいけないんだよ。愛されることを恐れちゃいけない。愛されることから逃げちゃいけない。愛されることを受け止めなきゃいけないんだよ。いままでがんばってきたんでしょ?がんばった結果、みんなに愛されるようになれたんでしょ?だからもう、逃げられないよ。だから、がんばれ。これからもがんばれ。もっとがんばれ。辛いかもしれないけど、重たいかもしれないけど、逃げずにがんばれ。もうがんばるしかないんだよ。まくらのさんになら、できるよ。だって、このあたしが愛してんだから。あたしが愛してるまくらのさんに、できないことなんてないよ」

「蟻田さん」僕は満を持して言う。「僕も蟻田さんを愛してるんだよ?知ってた?」

「知ってるとも」蟻田さんは肩をすくめて軽く笑った。「君がママのお腹の中にいたときからね」

「なんで外人風に言うの」僕も笑う。「蟻田さんにもできないことはないよ。なんせ、僕が愛してる蟻田さんなんだから、幸福にならなくちゃいけない」

「まあいいよ?」蟻田さんはとても軽い調子で言う。それはまるで十数年前の、あの頃の蟻田さんのように。「まくらのさんがそう望むなら、したかないから幸せになってやろう。まあ、あたしからしたら、まくらのさんが幸せであることがあたしにとっての最大の幸せなんまけど、別にいいよ?あたし、もっと幸せになっても」蟻田さんはすっと背筋を伸ばし、2、3回肩を回した。「ぶっちゃけ、引きこもるのにも飽きてきたしね」

「何それ」

「そろそろ俗世間に降臨してやろうって言ってんの。このあたしが」蟻田さんは余裕しゃくしゃくだ。「あとは民衆どもがあたしを退屈させないことを願うだけだよ。このあたしに退屈なんかさせてみろよ。今度は30年は引きこもってやるし」

「すんげー人生無駄に消費すんじゃん」